今になって思えば、どんなに苦労した過去も、あの頃はよかったな、などと単純に思えるほどの
思い出になってしまう。
そんな日々に想いをはせたとしても、二度と戻ってはこないのに、それでも自分は
あの頃の楽しかった日々を思い出さずにはいられない。

単にいつもの日常に帰ってきただけの話。
人よりも少し長いであろう一生の中ではほんの一瞬での出来事だったのだろうが。
それでもたぶん、ソレまでの人生の中で一番凝縮され、濃密な時期だったのはたしかだろう。

今に不満があるわけじゃない。
だけどもう一度あの頃に戻れたならと不謹慎にもおもってしまう自分がおかしい。


■ スパイス ■


ぼたんは単調な毎日に不満があるわけではないものの、ふいに鬱々とした気分に陥ることがある。
そういう気分の時は決まって「あの頃、あの仲間達との」過去の騒々しくめまぐるしいまでの濃密な日々を
思い出しては思いをはせたりしている。
”もどれるはずないのにね。”
一人苦笑いをする。

”あの頃のあの時”は長い単調な自分の一生の中で一時訪れたきっと神様がくれたサプライズなのであろう。と
最近思うのだ。まるで夢のような日々だったのだと。


”もしかしたら本当に夢だったのかもしれない。”

そんな風にさえ、おもうこともあるのだ。
事実夢ではなく、現実のものだったのに・・・だ。
携帯のメモリーにはまだ現実のものだという”証拠”は確実に存在するのに。


子閻魔から呼び出されたのは鬱々として過ごしていたある日のことだ。
「めずらしく死神以外の仕事ですか。」

蔵馬と会うのは半年以上ぶりかもしれない。
もっとも。
それでも他のメンバーに会うよりはあっているほうかもしれない。
それでも会うときは決まって子閻魔からの言付を預かっているときくらいのものだ。
幽助や桑原にいたっては1年近く会っていない。
あの海での出来事からもはや3年。それぞれに自分の道を歩き始めているのだ。逢えなくてもしょうがないじゃないか。
おかしなものだ。あの楽しい日々が一生続くのだと、その頃は思っていた。
分かっていたはずなのに。
あの日々がずっと続けばいいと願っていたんだ、自分は。



■   ■   ■   ■   ■  


「ひさしぶりですね。」
「・・うん。ひさしぶりー。」

”・・蔵馬ちょっと痩せた?” スーツの上に灰色の作業服を羽織って、長い髪を無造作に後ろにまとめている蔵馬。
”なんか公務員みたい。”
仕事が忙しいのだろう、それでもこちらに気を使って逢う時間を合わせてくれるのはありがたい。

「じゃ、すわりますか。あそこ。」
「あぁ・・うん。」

木陰のベンチに二人すわり、蔵馬から缶コーヒーをもらう。
「ありがと。」
「すみませんね、会社近くの自販機は缶コーヒーくらいしか置いてなくて。」
「ううん、嫌いじゃないよ。缶コーヒーのんでるサラリーマンって、働いてる人ってかんじでカッコイイよね。」

午後1時をすぎた公園は、昼食を取り終えたOLやサラリーマンがそそくさと会社へ戻っていき、残ったのは暇なタクシー運転手が
ベンチで昼寝しているのと、ベビーカーをおしながら、公園を散策している主婦達だけになっていた。




「・・・では調べておきますね。まぁでも最近忙しいので多少時間がかかるかもしれませんが。その辺はうまく子閻魔に
伝えておいてください。」
「うん。言っておくよ。」

”・・・・・・もう、用件おわっちゃった。”

ものの15分だった。
他愛のない話をふくめても・・・だ。

”もう・・蔵馬は帰っちゃうのかな。”


「どうかしました?浮かない顔してますね。」
ぽんぽんと頭を叩かれる。
じわりと。
彼の手の暖かさが、頭から顔へ伝わる。
ひさしぶりだ、この感じ。
この役回り、以前は幽助のものだったけど。
蔵馬だと、なんだか気恥ずかしさを感じるのはなぜだろうか。

「そ・・うかな?」

「まぁ。毎日毎日元気な人なんていないとは思いますが。」
コーヒーの缶をぼたんの手から抜き取り、くずかごへ投げ入れる。
乾いた音が、こちらまで響いてくる。


「退屈・・なんでしょう?」

ニッと蔵馬がぼたんの顔を覗き込む。
あぁ、そうか。
この鬱々とした気分は。
退屈という名のものだったのか。

「あの頃は、今のような単調な日々を願っていたものですがね。ふしぎですね。俺も時々、
ぼたんのような気分になりますよ。」

”・・・・でもなんかムカつくわ。蔵馬のいう通りというのは。”

「・・・あたしまだなにもいってないじゃん・・・。別に退屈だなんておもってな・・」


ザァァーーーーーー。
初夏の少し冷たい風とともに、唇に柔らかい感触。
風の冷たさと対比してその温かい柔らかい感触に、一気に頬が熱くなっていくのを感じた。
ほんの一瞬のキス。

「ちょ・・!!!」

「すみませんね。図星突かれてムキになってる貴女がかわいくてついつい。」

悪びれることもなく、笑う蔵馬に、怒るところなのにぼたんもなんだかおかしくなる。

「俺も同じ気分だったんですよ。これで単調な日常に少しスパイスが加わったでしょ?」

ニッと笑う蔵馬がいい男に見えすぎてにくらしい。なに、このフィルターは。

「蔵馬ってそ・・そーゆーことするキャラだったけ?」

「それは貴女が勝手に作ったものでしょう?以外と違う一面があるかもしれませんよ?」

「うう・・・。って、あたしはアンタの暇つぶしなのかい?ちょ・・もう人の気もしらないで!!!」

「いえいえ、決してそんなことは。これで今晩は、自分のしでかしたことに悶々として過ごすことになりそうですよ。」

「なんだよそれー!!・・あ・・あたしだって今晩は眠れそうにないよ!!!馬鹿!!」

そんなことを言い合いしつつ、それでも鬱々とした気持ちが晴れていくのが手をとるようにわかる。
その代わりに住み着いていくのはいまだ好きとも恋とも言い切れない、単調な毎日から脱却へのきっかけとなった”キス”の味。

「恋しちゃってもしらないよ?後悔することになるかもよ?」

「いいんじゃないですか?俺だって”恋しちゃうかも”しれませんよ。」


なんとも挑戦的な蔵馬の発言にぼたんは思う。
”恋になればいいな”と。
まだ残る、彼の柔らかな唇の感触に。苦いコーヒーの味にまた、顔をあかくして。

END

□ 後書き □
ようやく書けました。GW中になにかひとつ書き上げたかったのでほっとしていますが
後半の展開がなんとも急展開すぎてすみません><
めずらしく蔵×ぼですねー^^
いやいや、書けて良かった。内容の駄目さはともあれ・・・。
かけたことに満足です。・・・・でもほんとにがんばってコレかよ・・・。
ほんと申し訳ないですよ。次回もがんばりますorz